Luciana Janaqui
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指を(本当に)交差させておきますね ※ただし有料となります
2023, 祈祷依頼受注そして実行, 依頼主によって指定された任意の時間


‘I’ll keep my fingers crossed’
google翻訳によると「指を交差させておきます」という日本語になるらしい。日本では指を交差する習慣はない為このままでは意味がわからないが、西洋文化において、この台詞と共に人差し指と中指を交差させる行為は、「あなたの願いごとが叶うよう私も祈っています」という合図。広い状況で使われる。例えば、仕事の面接、大事な試験、大きなプロジェクトなどを控えている人に。週末の晴天を願って。など



これまで人から「I’ll keep my fingers crossed」と交差された指を向けられる度に「keepとは・・・」と疑問に感じていた。

だって絶対にその数秒後、交差した指は解かれる。少し失望しながら一応形ばかりの礼を述べる。もちろんただの慣用句だと知っているのだけど。それでもなんだか自分の切実な状況を軽んじられたように感じてしまう。

ある日子供が幼稚園に入るための抽選の結果待ちだと言った友人に、私は思わず「I’ll keep my fingers crossed!」と言ってしまった。嘘つきになりたくない私は帰宅後試しに指を交差してみたが1時間しか維持できなかった。指が麻痺してきて、インドで右腕を45年間上げ続けたサドゥー(修行僧)のことを思い出した。

その1時間は、彼女の子供が保育園に入れますように。と祈るだけだった。(人差し指と中指の2本を交差し、親指、薬指、小指はピースサインの時のように折り畳まれている、片手がこの行為のために取られているので他のことが何もできなかったし、集中するためにyoutubeやpodcastなどは消していた)

後日、無事保育園の審査が通ったという知らせが届いたのでもしかしたら私の(たった)1時間の指交差の祈りが少しは影響したかもしれない。


「願いのために祈る」の妥当性はひとまず置いておいて、祈ることが目的達成においてある程度有効であると信じられている(信じたがられている)ことは人間の様々な挙動から考えられる。一般的に、願いの大きさによって祈る時間や熱量は増す。願いによっては当人ひとりがひっそりと祈っているだけでは足りないのかもしれない。
そんな時人間は宗教施設を訪れ大層な儀式を行い聖職者に祈ってもらう。時間、手間、お金をかけて他人を巻き込むことで足りない祈りを補填しているのだとしたら「他人に祈ってもらう」ことに価値があるということ? それならば・・

誰かのために祈る。を生業のひとつにすることを試みてみる。当人の祈りでは足りない分を私が手伝う。もしくは私が当人の祈りを委託業者として受注する。私の人生全てをかけることはできなくても、時給の発生している間は、神主が白い紙かざりのついた棒を振りかざすかわりに、唯一私にできる「指の交差を維持する」を「本当に」します。

プロセス
1. 依頼主は祈祷申込書に記入。
2. 依頼主は料金を指定の銀行口座に振込み。
3. 私は指定時間数、指の交差を維持して祈る。
4. 私からの祈祷終了報告ハガキの送付を以って完了。

時給15ユーロ。諸経費別途15ユーロ。3時間から。詳しくは下の画像をクリックし申込書をダウンロードしてください。